片頭痛治療の新しい時代の到来
脳神経内科部長 田村 拓也
わが国の片頭痛の年間有病率は8.4%で、成人の約1割が片頭痛持ちと言われており、日本では約840万人、未成年者を含めると約1,000万人と非常に多くの人が片頭痛に悩まされています。片頭痛は女性に多く、女性は男性の約4倍であり、思春期頃から多くなり、ピークは30歳代、60歳頃には減少します。現在、女性の社会進出が進んできたことも背景にあり、片頭痛によるAbsenteeism(欠勤や休業)よりもPresenteeism(労働遂行能力・生産性の低下)がより深刻な問題となっており、わが国の片頭痛によるPresenteeismによる経済的損失は年間3,600億円~2兆3,000億円にものぼると推計されています。私見ですが、片頭痛は社会全体で取り組むべき問題とも言えるのではないでしょうか。
片頭痛の起こるメカニズムとしては現在、三叉神経血管説(下図)が最も支持されています。
この説では何らかの刺激により脳を覆っている硬膜の血管に分布する三叉神経の終末や軸索が興奮し、(①)カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide: CGRP)をはじめとした神経ペプチドが遊離され、(②)神経原性炎症(血管拡張、血漿タンパクの漏出、肥満細胞の脱顆粒)が起こります。(③)そして順行性の伝導は三叉神経核に至り、(④)さらに高次の中枢へと投射され痛みとして認識されます。(⑤)
CGRPは片頭痛の病態に深く関わっており、CGRPを阻害すると片頭痛が軽減することが明らかになってからCGRPを標的とした治療薬の開発が行われてきました。そして、2018年に米国でガルカネズマブ、フレマネズマブ、エレヌマブが承認され、わが国でも2021年4月にガルカネズマブ、8月にフレマネズマブ、エレヌマブが保険薬価収載されました。これらはモノクローナル抗体と呼ばれる抗体医薬品で、いずれも皮下注射のかたちで投与します。ガルカネズマブとフレマネズマブはCGRPに結合してCGRPの作用を直接阻害しますが、エレヌマブはCGRPが受容体に結合するのを阻害して効果を発揮し、いずれの薬剤も臨床試験でプラセボ(偽薬)に対して有意な効果が示されています。モノクローナル抗体療法の最大の利点は、半減期が長いため月1回の治療で十分な効果が得られることにあります。効果が持続的であることから急性期の頓挫薬ではなく、予防薬(発作発症抑制薬)として位置づけられています。(下表)
片頭痛急性期の治療薬としても現在主力であるトリプタン系の次世代型ともいえるジタン系の薬剤が登場しました。世界初のジタン系薬剤であるラスミジタンは2019年11月に米国で承認され、日本でも2022年4月に薬価収載されています。ラスミジタンはトリプタンとは異なり、血管収縮作用がないため、トリプタンが禁忌とされる心筋梗塞や脳梗塞などの患者さんも使用できます。また、トリプタンは片頭痛発症後1時間以内に内服しないと頭痛が十分に改善されないため、服用タイミングが難しいという問題がありましたが、ラスミジタンは頭痛発症1時間後に内服しても頭痛が改善されるという治験結果があり、トリプタンと比べて使用しやすいという利点があります。
このように片頭痛治療はさまざまな新薬が登場して今、新しい時代を迎えています。今回紹介したCGRP関連モノクローナル抗体は既存の片頭痛予防薬で十分な効果の得られない、あるいは副作用のため投与継続が困難な症例に使用することが求められており、投与には神経内科専門医はじめ特定の専門医資格が必要ですので、つらい片頭痛でお悩みの方はぜひとも一宮市立市民病院脳神経内科にご相談ください。